印象に残っている利用者さんとの出会い

2021年11月24日

印象に残っている利用者さんとの出会い


日本橋老人訪問看護ステーション
杉尾理紗

 

  訪問看護師になって間もない頃の話です。四肢麻痺で寝たきりの60代の男性利用者さんの訪問に行っていました。仙骨部の褥瘡の洗浄と処置、排便コントロール、内服管理、清潔ケアを行っていました。その方は、意識はしっかりされていましたが、自分の思うように動く事が出来ない為、看護師やヘルパーへの頼み事や注文が多く、少し大変な訪問でした。しかしとても明るく気さくな方なので、周りの人から親しまれていました。
訪問看護師は基本的に一人で利用者宅へ向かいます。なので、看護師一年目の新人であった私に対し、不安を抱かれる利用者さんも少なくありませんでした。しかし、その方は出身が福岡で、同じ九州出身の私を亡くした娘の様だと可愛がって下さり、毎回暖かく迎えてくれました。そうしている間に私も少しずつ訪問看護に慣れ、ある程度利用者さんのニーズが分かってきて、余裕が生まれました。
そんなある日、いつも通りに朝訪問に行くとその方は「昨日、杉尾ちゃんに車椅子を押してもらって難波まで行く夢を見たよ。」と仰られました。その時の私はどう返事をしていいか分からず「叶うといいですね。」としか言えませんでした。移動介助は訪問看護の範囲外である事は知っていたので、叶わないとわかりながらの返事にとても申し訳なく、切なく感じた事を覚えています。その後しばらくして、その方は痰の増加による呼吸苦で入院され、その数日後に病院で亡くなられました。
今でも、よくその方を思い出します。仕事で辛い事があった時、悩んでいる時、あの方ならきっとこう声をかけてくれるかな、と考えています。新人で頼りなかったであろう私を少しでも信頼してくれ、一緒に外出したいと思ってくれた事は、本当にあの時のわたしにとって大きな支えとなるものでした。
訪問看護師は病棟看護師に比べて利用者の生活に、人生に、より深く関わる仕事です。人生をもって沢山の利用者さんが私を成長させて下さいました。今の私ならあの言葉にどう返せるでしょうか。その答えを探しつつ、私は今日も浪速区を走ります。